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書ききれない想いを色々と
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    立場の割にはブログを更新してない部類の人間なんですが、本当は色々書きたい事があり過ぎて書ききれんのよ。と言う話。

    だいぶ前の事になってしまいましたが、AnBのライブでは、たいして宣伝もしてないのに皆様にご来場頂き誠に有難うございました。
    お客さんの有難さが本当に身に染みた1日でした。
    お客さんがメンバー3人分の差し入れを持ってきてくれたり、ZILLやMARS君にも気軽に話しかけてらっしゃるのを見て、本当に本当にありがたかったです。
    この事は一生忘れません。
    普通、「誰かの固定ファン」って言うのはわりとその人にしか話しかけないし、その人にしか差し入れ持ってこないし、目の前に他のメンバーは居ないかのように扱う人を今まで多く見てきているだけに、毎回

    俺のファン&知人、世界一

    と思います。有難うございます。
    お前らに栄光あれ。

    まみくんは勿論、今回はmiddleちゃんもライブレポ書いてくれてる、ありがとう。

    とりあえず、ライブ直前に美容室に行ったら



    「30代のファッション」とか言う雑誌を出された事について。
    写メール、「saita」が見切れて「アイタ」になってるし。

    あと、「ライブの翌日重要な仕事あるから、今日は泊まらないでね」と伝えたんですが、普通に皆泊まっていった件について。今回は珍しく女の子ばかりでしたね。

    わたくしあまりにも疲れすぎていて、着替える気力もあまりなく、終始パンツ1枚で「みんな、大丈夫ですか!かけ布団足りますか!ソファでも寝れますか!なんか必要なものとか、足りないものとかあったら私が寝る前に言ってください!!」とか言いながら部屋を右往左往してたけど、自分の着ているものが一番足りてないし。
    若者達に醜態さらしてすいません。

    あと先週のFPC撮影会もありがとうございました、ぺこ。
    私のサイトで宣伝した時には即に申し込み満員になってしまっていたので、知らない参加者さんばかりだったのですが、楽しかったです(*´ω`)
    知らない人と話すのは楽しいですね。知らない人との交流はとても有意義なものです。知らない人、知らない人、ってうるさいな俺。
    知らない人と話すと、一定の距離を置いた場合に私がどう見えるかと言うのがすごくよく解るので、非常に勉強になります。是非、知らない人には良い事も悪い事も、お気軽に色々言われたいと何時も思っております。

    「ライブが中心の活動で、もう撮影会とかあまりやらないかと思ってた」とのお話、撮影会、呼ばれれば行くんですけどね。たいして呼ばれないですね。
    このホームページがある事自体がコアユーザーにしか知られてないので声がかからなくてもしょうがないですね。
    色々な検索サイトに登録したり、今やってる検索避けを辞めてしまうと、それはそれでキモいメールばかり来たりするので、その方が嫌なので、しょうがないですね。
    そして、ライブは別にやりたくてやってて、ライブが好きでライブやってる訳じゃないです。本当は歌も歌いたくないし、曲も作りたくないです。下手なの解ってるし。
    でもね、幾つ年を取っても、苦手な事や嫌いな事に敢えて立ち向かう勇気のある人にあんまり出会わないしね。じゃあやってみようってだけで…でも、ある側面で醜態晒せるだけの余裕がある、って言う自分が好きだよ。
    醜態さらして釣り合い取れるだけ突出してる部分を自認出来てるって事だから。
    わりと、自分を完璧に魅せようとする人に限って、ひとつひとつがどれもすごくないのがオチだよ。完璧主義で、孤高で、過剰なアイデンティティーを不必要にバラ撒いても賞賛するのはメンヘルだけだよ。僕は僕の不完全が好きだよ。

    「ブログ見てる限り、異色すぎて声かけづらい」とのコメントも久々に頂戴した。
    「普通は自分をよく見られようしたいだろうに、何故マイナスになるような事や、変態っぽい事ばかり書くのだ」(勿論ここまでストレートに言われてないですが)との事ですが、大概、世の中のブログの9割はハリボテ、コンプレックスの裏返しで出来ていると思っているので…今更ここでは、くだらない事しか書かないですね。その方が女の子ファンが喜んでくれるし。

    私はWindows95+モデム接続の頃からネットユーザーでして、このサイトは名を変えURLを変え延べ10年近くあるんですね。
    で、当初は割と小難しい事ばかり書いておりました。それで博学な方々から支持も頂いていたんですが(今も、東大だの京大だの大学の教授だのばかりからメール来るんですが…いい加減俺が馬鹿なのを解って頂きたい)、もう私が小難しい事ばかりブログに書く事はないです。
    昔とはブログと言うものに対する見方が違うし…それに、今の自分が好きだから。今自分を取り巻く友人たちと環境が大好きだから。

    私がブログをこまめに書いていた頃は、やはり思春期真っ只中だったから、人より聡明で博学に思われていたかったし、社会に対する不満もあったし、自分の未熟さゆえに、心から友達と思える相手もそうそう居なかった。
    だから、オフラインの自分の主戦場じゃなく、オンラインに逃げ込んで、オンラインに時間を費やしていたんだとも今は思う。
    ま、率直なところは大学の授業中は毎日昼間暇してたから、暇つぶしにブログ書いてただけなんですけどね…(打ってる文章柄、サボって趣味のブログ書いてるとも思われなかった)、敢えて弱い自分を曝け出すような捕らえ方もしておこうね、話が広がらないからね。

    ブログで社会の不平等や、不満や、憤り、世界をよりよく…なんて書き続ける人の大概は、単純に自分が社会からつまはじきにされているだけの事で、絶対つまはじきじゃなかったらそんな事書かないんですよ。愛されていれば、そういう偏屈な発想すらまずしないから。

    頻繁に更新されるブログは、アクセス稼ぎと注目集めにテレビや食べ物や、大多数の人が解り得る共通の話題が多くていまひとつだし…

    自分撮りした、かわいい写メールをたくさん載せている人は、かわいいと思われたい人だし、

    優しいキャラクターを演じている人は、傷つきたくなくて自分が大事な人だし、

    友達の話題ばかり書く人に限って、真の友達が居ないように見えるし、

    お気に入りのアーティストや、尊敬している人など、自分より目上の高い人の話題ばかり書く人は、同一化をはかって自分も格上の人間として生きていきたい人だし。

    社会人なのにブログの更新頻度が高い人は、メール依存症と一緒の感覚だとも思う。
    更新頻度が増えれば増えるほどネガティブな人間な気がする。
    それがリハビリだったり上昇思考でやってる人も居なくは無いけど、数少ない。

    ネガティブな人に比較的頭が良い人が多いのは、自分を守るために理論武装してるだけのこと、結局人として頭が悪かったのさ。
    ネガティブな天才が優美とされる時代なんて、昭和のはじめに終わったよ。
    ブログ全盛期の昨今、エセでも物書きと言うなら己の時代にならって第三者に見えないところで紙にでも書いてろ。

    今言った一連の事は勿論、完全にそう決め付けている訳ではないけど、ある側面で必ず的を得ていること。
    だから、大抵当人に↑のような事を言うと、図星すぎて相手が怒り出すので止めましょう(・∀・)

    責任性が薄いネット上では、「なりたい自分」「理想の自分」を多少なりとも演じているよ、すべての人たちが。

    だから、逆に、私が自分のブログで何かを書けば、おのずと自分の欲望や、願望、欠如しているものが見えてくる。
    自分の欠点や、劣っていることや、自分が社会不適合な人間であること、自分が未完成な人間であること。
    そういう事を認められずに目をそらすほど、私はもう子供じゃないな。

    そして、そういう不完全な自分を認められると言う事は、冒頭に言ったように、自分が誇らしい生き方を出来ている心の余裕から来るものだと私は思う。
    あまりにも、つくりものの自分を本体と思い込んで、だめな自分をひた隠しにしながら生きてるいい年の大人って多いと思ったよ、この年になってやっと。世界は本当はがっかりでいっぱいだよ。
    大人になればなるほど、意地っぱりになったり、素直で等身大な自分になれなかったり、ありがとうとかごめんね、とか、そういう事を言い辛くなるそうなんだけど…

    「昔ほどトゲトゲしくなかったね」
    「なんか、ふつーになったよね」

    と言われながら年を重ねる自分が好きだよ。
    君らはアーティスト魂よろしく、トゲトゲとマイノリティに生きるといいと思うよ。
    マイノリティな事は、マイノリティなだけでカッコイイから、らくちんだよね。私も解るよ。
    悲劇のヒロイン・悲劇のヒーローぶって、賞賛と紙一重の同情を得るといいよ。
    幸せになるのがかっこ悪い、って言う歪んだ人は世の中に多いから、がっちり固定票間違いなし。

    私はいまひとつ性善説の人間なので、ブログから「相手の嫌な部分が見えてくる、相手のコンプレックスが丸見え」って言うのが嫌で、正直知り合いのブログはあまり見たくないと最近は特に思う。
    日常の言葉よりももっともっと右脳で書くのがブログだから、余計…「ブログで相手のいい部分が見えてくる事」のパーセンテージが少なすぎるよ。
    丁度、みんな20代〜30代で、「人生どう生きるか」「自分はどんな人間になるのか」の真っ只中すぎて、何気ないブログひとつひとつの裏に隠されたものが重たすぎる。
    勿論、そういう風にばかり考えていたらキリがないので、ある程度わざと無心無思考にしてインターネットの世界を見てるけども。

    そんな訳で、正直、ここ数年、ブログ書く気、あんまないですね。

    5年ほどネットタレントみたいなのをやって、今思うのは…
    (ちなみに趣味でやってるだけで本当は自分の事そんなんだと思ってないですが、皆そういうので仕方ないよね)

    たまに勘のいい人に過大評価されて間違われたり、勘が良くても才のない人に嫉妬されたり、一方的にイジめられたりするけど…

    私が元々持っているのは、アーティストだったり、芸能人の才ではない。

    私が元々持っているのは、人を惹きつける力、です。

    5年前から言っているけど、いつか、時が来たら、このホームページは「シオンおばさんのぐうたら主婦ブログ」になるよ。
    あと、今応援してくれてるファンのみんなたち、そしてカメコさんたちにも、結婚式なんかあったら出席してもらうのを楽しみにしているよ。
    「ケーキカットです」とか言った瞬間に、アキバなオッサンがワーッって前に来てフラッシュ炊きまくるのを実は昔から楽しみにしているんだ。
    結婚式のパンフレットは全員ハンドルネームで掲載してやって、ちょっとカワイイ名前を付けすぎてしまったオッサンたちが赤くなりながら席に着くのも楽しみにしているんだ。
    タレント業を営む女は処女性をダシにして生きていくのが普通だから、僕は将来そうしたいと思ってるけど、みんな、まだまだ着いて来てくれるか?

    ある側面で、評価が高くて美しい写真を撮ってどうするの?
    おうたをうたって、曲を演奏してどうするの?
    とは思う。それはとても素晴らしい事ではあるけれど、一般人の僕としては、最終的にはどうでもいいしゴール地点じゃない。
    素敵なアートを作って人を共感させるより、一般より抜きんでたオーラで舞台に立って感動させるより、何よりも人の心を打つのは、そういう着飾ってない人の生き方そのものだと僕は思うよ。
    「生きている証を残したい」と言いながらタレント活動する人は多いけど、これに限っては私は残念ながら「自分が頑張って、成功を収めたり、至らないところを努力する事で、みんなたちも頑張ろうって言う気になってくれたらいい」と思っている。
    私もほとほと、偽善者ですなー。耳に聞こえが良い事の無力と上辺さと言ったらもう。

    「最近、昔ほどブログ書かなくなりましたね」とよく言われるので、そういう事と思ってのことですよ、と言う与太話。

    | SION | イデオローグ | - | - | - | - |
    漫画と言うメディアたるや
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      先日、ファミレスで1時間ほど人を待たなければならなかったんですが、携帯の充電が無かったのでコンビニで漫画でも買おうと思いました。
      私は本当に昔から漫画を全く読まず、漫画買わない人世界ランキングでも上位に入る人生を送ってきたので、全然どの漫画を買っていいか解らず、とりあえず



      このような表紙のものがあったので、

      「ほぅ。グリム童話。ホラーかなんかですな。これはあれですな、ゴスロリの衣装だとか撮影だとか生かせるんじゃないのかね」と思い、中身も見ずに購入しました。

      で、ファミレスで一人寂しくメシを食い終わって、一服しながら漫画を開いたとですよ。

      するとですね、



      お?(;´Д`)

      コンビニでこれ1冊のみを飄々とレジに出し、ファミレスでメシ食ってる間も当たり前のように表紙をテーブルに投げ出してたオレ乙。

      「大人の恋愛」って書いてあったらレディースコミックなんですね。マジで知らなんだ。やたらとLoveLove書いてあったらまず疑えと言う事をこの年にして知りました。
      まぁ、別に人の目線など気にならないのでそのまま読み続けた訳なんですけど。

      これ、ぶんか社から隋月発行している「まんがグリム童話」って言うらしいんですが、ちゃんと中身はエッチな本なりに、ゴスロリっぽいと言うか、ファンタジーっぽいと言うか、まぁ、雰囲気が無くはないんですよ。
      しかしね、びっくりしたのはね、なんたるゴスロリ娘のハートのキャッチのしようかと。ぶんか社たるや、なんたるゴスロリ娘の脳内のリサーチ力かと。

      攻の男がツボすぎ。

      全部の漫画がそうだって訳じゃないんだけど、なんですか、あれですか、揃いも揃って金髪で短髪でデコっぱちで鬼畜で横暴で超ドSとかやめて欲しい。私のハートをがっちりキャッチ。
      ぶんか社から絶対「ゴスロリ娘の好みはこんなん」的にマニュアル出てるよ…明らかに枠にハマってる自分が嫌だ。
      基本、育ちや環境や家庭水準に人間の性格は左右されるもんなので、自分のバックボーンが見えないように可能な限り裏が読めない動き、裏が読めない性格で居るようにしてるんですが、ぶんか社たるやー。おそろしやー。

      思えば中学生の頃、私は本屋でいつもボーイズラブ小説のコーナーに一人憤慨しておりました。もうね、違うの。表紙からして好みじゃないの。攻は「目つき悪くて、でも丹精な顔立ちでスラッとしてて中性的」受は「おめめくりくりで背が小さくて童顔」じゃダメなの。おおおおおおぞましい。ああいやだおおいやだ。ホモたるやおぞましい。あんなのに心踊り血沸き肉踊る輩が恐ろしいと。

      うまく例えられないんですが、私の好みはだね、まぁあれだ、仮に攻がこれなら



      受はこういう感じなのである。



      こうじゃなきゃいかん。
      しかし当時そんなボーイズラブ小説はなかった。(もしかしたらレディースコミックの売り場ではなく、変態が読むようなマニア本の売り場に行けばあったかもしれません。)
      同人誌買うにしても、地元じゃ好きなカップリング本なんて絶対無く、高校時代は年に2回わざわざ飛行機に乗って例の場所へ同人誌を買出しに行ったもんだよ。往復交通費で5万とかかけてさ。

      で、何の話でしたっけ?
      うん、なんと言うかね、で、「まんがグリム童話」の話なんですけど、どの漫画も主役の娘が揃いも揃って「いいとこ育ちのお嬢様、お金持ち、いい服着てる、美人、髪の毛カールでふわふわ、お姫様みたい、純粋、世間に慣れてなくてスレてない」なとこに、なんとも言えない気持ちになりますよ。

      で、多分ぶんか社的にはさ、読者のターゲットの女の子は自分をそういうお姫様と重ね合わせながら、彼氏も居らず自宅でこれ読みながらコーラとポテチ片手にブヒブヒ、ウヒウヒ言ってるようなのなんだと思うんですよ。
      純粋なあたしが汚されちゃう的な。むしろ即に汚らわしいからみたいな。

      その手には乗るかとばかりにちゃんと家に帰ってから化粧も外さず、背筋も伸ばし、ちゃんと上下で色のコントラストのあった部屋着で最後まで読破しました。

      私が見て来た範囲では、割とゴスロリやパンクの女の子って金銭的に豊かではない育ち方している子が多いですが。あと学歴が低い。だからこそお姫様的なものに憧れるのかも。そう考えると痛い。割とゴスロリやパンクの子ってブランドに優劣つけたり、金銭面からコーディネイト批評したりするのも、育ちに品性が薄い反動なのかもしれません。
      一概にそうだからゴスロリやパンクなんだって言ってる訳じゃないですよとフォロー。そういう側面や分析の仕方もあると言う事で。

      この本、相手役の男がアンジェリークで言うとオスカーとアリオスとマルセルのどれかって感じ。ゴスロリっ娘の射程範囲を良く解ってるよなぁと。なんでゴスロリっ娘はなよなよなヴィジュアル系のお兄ちゃんが好きなのか謎。僕はふんどしで神輿とか担ぎそうな人の方が好きです。露出度の問題です。
      ちなみにアンジェリークだと毎度毎度同じ事ばかり言いますがオスカーです。ヴィクトールとレオナードも好きです。
      ここまで書いて、ゲーム全部売った事が今更悲しくなってきました。
      中学生の頃はよく床に置いたアンジェリークのゲームソフトに頭こすりつけながら、どうにかこの世界の中入れんかと思った位オスカーが好きでした。そんなに現実が嫌だったのかオレ。
      そりゃあそんな奴大人になってから「まんがグリム童話」とかウハァ言いながら読むよなって言う。

      なんか、漫画も色々な意味で勉強になった。
      メディアとして成立しているものって、なんだかんだ言ってやっぱすごいわ。
      社会の至る所にプチ心理学。

      | SION | イデオローグ | - | - | - | - |
      『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』
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        今月中旬に冬弓舎から発売された、樋口ヒロユキさん著『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』のキャプションに私の写真が使われてます。
        ただ書籍のキャプションと言うだけなら、色んな書籍に実はわさわさ居るんですけど、ゴスロリの書籍と言うのは変わってるなぁと思い紹介してみます。
        画像ははらぴょんさんのミク日記からパクってきた。

        「ゴスロリと言うのはこういうもんである」みたいな使い方をされているんですが、それが何か感慨深いなぁと。
        私は生粋のゴスロリちゃんでもないですし、ゴスロリに一切興味の無い外様が私を見た場合の判定が一様に「ゴスロリ」になってしまっているんで、「じゃ、それで。」って感じで、解り易いように普段ゴスロリと言う言葉を多用してるだけの人間なので、詳しい人から見れば全然ゴスロリではないと思うんですよ。

        「じゃあゴスロリでいいです」って言うスタンスなのは、著名人でもないのに「私はこういう独自のスタンスがあるのよ!!」みたいにオリジナリティや独自のカラーを発揮するのって痛い気がするから。
        他者との差異化に拘り過ぎる人程ごく普通である事が多い件。

        あと、「自分が自分をどう思うか」よりも、「外野が自分を見てどう思うか」の方が、真実味があるような気がするから。

        他人の解釈と言うのは、例え間違った解釈であれ、的を得ない解釈であれ、それはひとつの真実に思える。自分自身による自分の解釈とは、自己向上や反省に使うものであって、言語化したり、説明用ツールではない気がするな。

        書籍って言うのは「ひとつの完結する説得力」であり、「ひとつの完璧な世界」かと思う。ディスカッションとして批判や批評するものではあるけど、否定するものではない。
        マスコミかじってる人間としては、自分も文章の穴を防ぐのに、敢えて説得力不足によるグレー化を図ったり、自信のない箇所に素知らぬフリで利己的な解釈やったりするんで、1冊の本がまるまる完璧って事がないのは良く知ってるんだけどさ。
        それでもひとつの価値観の集大成、ひとつの文学であるわけよ。

        で、何を申してるかと言うと、私の写真に使われているキャプション。
        何て書いてあるかは書店でのお楽しみ。
        要するに、第三者から見て、「狭霧シオンのイメージに似合わないキャプション」が付いているんです。

        これねぇ、私本人全然気にしてないんですが、周りの人がやたらと取り上げてくれて。
        私自身は、「別にこういう捕らえ方されてる部分も多々あるよな」って感じなんですが、私を良く知ってる人にすると「全然違うじゃん!!」らしい。

        いいんですよ、私の色と合ってなくても。私のスタンスと合ってなくても。第三者は私の評価を自由につける権利があるんですよ。
        「へ〜、他者から見るとそうなんだ!」と、すごく面白いし、自分の再確認になるでよ。もうね、樋口さんグッジョブ☆

        現物の書籍見てもらえれば、前半たらたらと喋ってるのが伏線になってるのが解るかと♪

        念を押すが、「外野から見た自分」が、世を生きている自分と思う。

        | SION | イデオローグ | - | - | - | - |
        東京ダークキャッスル
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          東京ダークキャッスルに行ってきました。

          前から一度行ってみたかったんですが、オールナイトイベントなので…あの…彼氏指定の門限が深夜0時でね…うん。ずっとずっと行けなくってね。えぇ。(遠い目)一人っていい…。

          こういうアングライベントって割と内輪的・閉鎖的なので、名前は知っていても「何をやるイベントなのか」は全然知らなくて。告知見てもよく解らんし。
          要するにクラブイベントとライブパフォーマンスが一緒になってるんですね。
          客がおどる時間→ライブ1組→客がおどる時間→ライブ1組って感じで朝まで続くんですけど、そのたびに客席が前列が混んだり後列が混んだりしてドンデン返し。初めて行ったらびびるよ…。
          おそらく、どちらか片方じゃアングラ過ぎて集客率が落ちるからこういうスタイルなんだと思いますが、そのせいで何をやりたいのかが不明瞭になってて、フワフワしたイベントだった感があります。

          で、行ってみようと思ったきっかけがミラ狂美
          昔よくメディアで見てた気がするんですけど、最近になって知人とメール交換してた時にポンと名前が出てきて、あぁそういえば私もう東京に住んでるんだからイベントとか行けるんだなーとか思って。思いついたが吉日で行ってみた。
          ミラ狂美好き。もう全然好き。超好き。
          顔が…!!!!(顔がって言うと他は嫌いみたいな言い方ですが、特に顔が…)
          あのー、ドSな感じでお上品な顔なところと、北海道顔なところが好き。
          私は北海道顔とは言われませんけどね。
          ああ好きだ好きだ好きだ。ハアはアはアはアハアハハハハハアアハハア イエア!!!!!!

          って言うか、行ってみないと解らないから行ってみたけど、本当人前で踊り狂うとかむり。本当むり。「今踊らないと明日死ぬ」とかなってもむり。そんなはっちゃけられんて。我を忘れて何かに没頭する程日々鬱憤溜まってませんて。同様の理由で普段、コンサートやライブにも行かないんですけどね。クラブなんて言う最近の若者の文化は最近の若者にお任せしたい。

          ミラ狂美さん以外では、バンドとして2番目に出てらっしゃった方が演出が素敵で個人的に楽しかったです。

          (ここから割と真面目な話と言うか、ババアのたわごと)

          東京ダークキャッスルで一番心に残ったことは、そのバンドの関係者パスを堂々と腰に貼っている人が、床に煙をポイ捨てした瞬間(・∀・)☆

          私の周辺は全員お客さんが立っていました。私は壁の隙間に挟まって唯一座っていたので、こっそり落ちた煙草を見たのは私一人だけです。

          覚えたくもないのに、右胸下につけた

          「19 MARZ (バンド名)」

          のスタッフパスと、茶色の長髪、おでこのサングラス、右腕のタトゥー、右腰のコンデジパック、ちょっと太めのチノパン。全部特徴を覚えてしまった件。

          そして、ゆっくり落ちた火がついたままの煙草と、自分の近くではなく、隣の女性の側に軽く湾曲させて投げた煙草。
          それがこの日記を書いている間も脳裏に焼きついたままです。

          見えないように捨てたのだから、隣の女性も気づく訳がありません。
          火傷するとか思わないのか?

          …怒るでもなく、注意するでもなく、「この人は、こういう人なんだな」と言う思いで、床に落ちた煙草と、その人の顔を見比べていました。

          私は隅の奥まった所に居たので、ライブに集中していれば私の存在など気づかないはずです。
          でも、人間は不安な時、ネガティブな時ほど、自分に対しての否定の目線に本当に敏感になるものです。
          彼は私の目線に気が付いたようでした。

          実際、私はその人の顔などほんの数秒しか見ていなかったのですが、一緒に行って、事を知らないりゅ〜が「お嬢のことずっと見てる人が居る」と気づいたほど。

          彼は、それから右足で煙草を踏み潰して、吸殻を靴底で隠したままにしました。

          子供のような瞳でした。
          どうしたらいいかわからない、孤立したような、迷子みたいな、子供のオーラがした。
          あの、ある意味とても純粋な瞳、一生忘れないだろうと思う。

          右手に持った缶ビール。
          私の視線に気づいてから、彼は一度も缶を口にしませんでした。
          どんな味のアルコールだったのか考えると、なんとも言えない気持ちになります。

          靴底から少しはみ出して、燻ってた煙草の煙も忘れない。

          私はそれまでもずっとカメラを持ったり、ステージを撮影してたりしたので、彼の靴底で燻る煙草の煙を見ながらなんとなくカメラを手にしました。

          撮影されると思ったのか、即座に靴底から吸殻を離し、離れる彼。

          ステージがひと段落した区切りのいいところで、吸殻をつま先で客席の前の方へ蹴って、消えました。
          その後その場所には戻ってきませんでした。

          靴底で吸殻を隠したり、証拠を残されると思って慌てて飛びのいたり、普通に考えれば「ベタすぎて」やらない行動なんだろうけど、良心があるから子供返りしてしまうのでしょう。

          普通に考えて、こっちはただの1人の観客。向こうは有名バンドのスタッフさんで、それなりにガタイもいい。
          大衆を味方につけるなり、いちゃもんつけてくるなり、居直って何かしらの行動を起こせば、明らかに彼の勝ちです。
          事実など簡単に湾曲できます。私に虚言癖があることにすればいいのです。
          でもそういう「大人」な問題の解決方法を用いないほど、とても純粋で心の清らかな人なんだと思います、心から。

          私は

          自分の行動に責任を持つのが大人である一方で、自分に関わるすべての人に対しての責任を持つ事も、大人としてとても重要な事であると思います。
          大事な友人や知人の体裁を悪くするような行いは、どんなに自分のやりたい事であろうが控えるべきだとも思います。
          その位の覚悟を持って、人との繋がりを持って行くのが本来ではないかと。

          彼は煙草を踏み潰して隠したけど、
          バンド名が書いたパスは終始隠しませんでした。
          パスの事など頭になかったと思います。
          「何か隠す」と言う行動に出るのであれば、煙草よりバンド名が書かれたパスを隠して欲しかった。

          煙草をポイ捨てしたなんて細かいこと、正直どうでもいいのです。
          会場の床が傷つく、これも悪い事だけど、独善的に言ってしまえば、対したことではありません。

          自分の行いによって自分の仲間をうらぎること

          自分の行いによって、自分の仲間を一瞬だけでもうらぎった人が目の前に居たこと

          その強い怒りと、スタッフパス、潰れた吸殻の印象が私にとっての「東京ダークキャッスル」と言うイベントでした。

          ポイ捨てしたくなる時もあるでしょう。
          マナーの悪い人はごく一部、これもどこにでもあることです。
          私は本当に細かい事を気にする心の狭い人間だなと思います。

          でも、私はもう二度とこのイベントに行く事はないでしょう。

          (まじめな話 終わり)

          以下は、イベント帰りに即に外が明るかったので、私が適当に撮った写真です。

          タイトル「ホームレスと池田」



          タイトル「たまごかけご飯と池田」



          タイトル「キャベツと池田」

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          自分にとって結構究極な二択
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            前に某と何気ない会話をしていて、ふと話した事が最近よく気になります。

            言葉がストレート過ぎて申し訳ないのですが…

            バカや才能のない人に「すごいですね!!!」とリスペクトされること



            才能の優れた人に「お前は見込みが無い、駄目だ」と言われること

            と、どっちが嫌か

            と言う件。

            本当にストレートな言い回しですいません。
            スタンスが違う他者のカテゴリから見ると、わたくし本人がバカで見込みがないと思われる場合もある事は重々承知で言っております。

            私は大分頭の固い人間であり、ヒエラルキーをすごく意識する人間なので、直感では『才能の優れた人に「お前は見込みが無い、駄目」と言われること』の方が嫌に感じてしまいます。

            『バカや才能のない人に「すごいですね!!!」とリスペクトされること』の方が嫌だと言うのは、幼児的に感じるし、社会の枠からはみ出過ぎているアウトローの発言に聞こえるし、第三者目線に欠ける、自己主張強過ぎる、とも取れるし。
            バカと同じステージに居るから、バカに見つかってリスペクトを受ける。要するに同レベル。
            才能の優れた人にサジ投げられるのは、一応才能の優れた人の目線の中には自分が居る訳で。

            でもね、やっぱり思い出すたび、思い直すんですよ。
            『バカや才能のない人に「すごいですね!!!」とリスペクトされること』の方が嫌だ!!とチャラい事言っちゃうようなアグレッシブな人間の方が、やっぱり面白いかなーと。

            そんなKANJI。

            婆、年齢的に、「大人は一歩引いて、保守的にならねば」思想から昭和の図々しいオバタリアンパワーみなぎる年齢にシフトして来たぽいよ。

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            最近のテレビCM
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              ここ数日、だらだらテレビ付けてアメリカ行く荷造りとか、勉強とかをしているんですが。
              随分「卒業」とか「春が訪れるが為の別れ」を題材としたテレビCMが多いなーと思います。雑誌とか、電車の中吊り広告もそうだし。

              昔ってどっちかと言うと、そういう『ネガティブなベクトル』ではなく「新入学」とか「出会い、新たな出発」のような『ポジティブなベクトル』の風潮だった気がするんですけど。勿論、3月下旬とかになれば多少はそういうプレゼンテーションにシフトして行くとは思うんですけどね。

              資本の物流ターゲットが低年齢層化して、ターゲットとされる年齢層がF2からF1に移って行ってるって言うのもあるから、こういうテレビCMが頻繁に流されるようになったって言う事情とかもあるんだとは思いますけど、甘酸っぱい思い出とか、涙とか、皆の事忘れないとか、悲しいとか、そんなに新たな旅立ちを前に過去を美化してどうするよと思う。
              いや、気持ちは解るんですけどね、最近はそんなにも一億総『プチネガティブ美徳』時代なのか?

              潜在的に、『美しくて表層的なネガティブ』を『美徳』に感じてしまう層が多すぎですね、昨今は。メディア単位でも、個人ブログ単位でも、ヘヴィーなネガティブじゃなきゃ垂れ流しにしていいってか。現代倫理のいかに広きキャパシティー。
              頑張る!とか、負けない!とか、皆と一緒!とか、いちいち口に出してアピールするかね?
              口に出さなきゃ伝わらない事もあるけれど、黙っている事が美徳であったり真の信頼じゃないのかね。
              移り変わる人間の心のたった一箇所だけを切り取って数え切れない程にコピーして、そのコピーに人は共感するのか。お前ら一億総同じ人間か。

              テレビCMの感想からは若干逸脱するけど、『心の傷の共有』を根底としてる人間対人間のネットワークが増えてるってなんかすっげ怖い。

              時代はもう我慢しないから戦争も起こらない。

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              皆にありがとうと言いたい
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                とまぁ、昨日あんな日記を書いた私ですが。

                何時も実家に帰ると瀕死状態で匍匐前進で東京に戻ってくる私ですが、今回は「帰って良かったかもしれん」と思いましたので、この話も書いておきます。

                お婆ちゃんから、形見にお婆ちゃんが書いた水墨画をもらいました。
                容態を見るに、もう二度と会えないかもしれません。

                あとは先生と会えて良かったです。
                先生がもしここを読んでたら読まなくていいって言う話。

                先生と言っても、破滅的な学校ライフを送ってきた私なので、学校の先生ではなく高校の時に通ってた自動車学校の担当の先生なのですが、基本『友達居ないのギネス級』の私にしては、細々と縁が続いております。

                普段、そんな先生の事は一切思い出さずに生活しておりますし、連絡のやり取りも全くしていません。
                ご近所さんなので、北海道に帰省した際、多少まだ私の精神力に余力がある時、連絡して、飯だの奢ってもらう位だった気がします。

                自動車学校に通ってた頃、今思えばその先生の事が結構嫌いだった気がします(゚∀゚)

                『頭はキレるのに、自分のスキルを社会的同調のような(当時の私から見て)惰性の方向に生かしている人』と言った印象でした。

                確か免許を取った友達から、自動車学校で担当して貰った先生がいい先生だっただか、カッコイイ先生だっただか、そんな事を聞いて、先生指名で入学したような記憶があります。
                紹介だと受講料金安くなるから。
                そして冷静に考えると別に言うほど男前じゃないぞ。どうしたよ俺の知人(当時)。

                ところがどっこい、いざ入学したら先生は私の嫌いなタイプでしたよと言う話(当時)。
                嫌いな人に私から連絡する訳ないので、どう見ても縁が続いてるのは先生から連絡が来たからなんですが、あーそうですか学校の先生ってのは生徒にそうやって手出したりナンパしたりするんですね舐めるなよコラ位に当時思ったような気が致します。ちなみに当時シャレっ気の無かった私はそんな事言えない位、今よりさらにブスでした。と思う。

                頭キレるし、スキルありそうだし、話も面白いし、明るいし、すげー毒舌だし、こう、人気の出そうなキャラを敢えて装ってるし、偏屈なアイデンティティーの割には珍しく世渡り上手そうだし、あぁーもう嫌だなぁ、こういうポテンシャルがあって、それを自己向上じゃなく社会同調に強く向ける人。
                もっと上に上がれるのに上がらず、わざと一段降りてラクに勝利を持ってくヤツ。

                って、そんな人格、今考えたら、どう見てもモロクソ今の私でした。本当に有難うございました。アルバイター。フリーモデル。コスプレ。
                あぁーだからどうりでまだ青かった私があなたの事を嫌いだった訳です。

                今回、帰省して2回先生と遊んでもらいました。

                2回目は、『CDもらいに行く』とかそういうキッカケでしたが、多分私の事を気遣って遊んでくれたんだと思います。毎日朝まで寝れなかったので。

                東京に戻る当日、朝まで先生とくだらない事ばっか話してました。
                夜中の3時を過ぎた頃には、負け組サラリーマンの先生は、何言ってんだか解んない位眠さで発言がむちゃくちゃでしたが、『誰かを気遣ってくれるこころ』と言うのはとても強いものなんだなぁと思いました(´・ω・)

                無断で先生の部屋の押入れなどを開けると、色々な所から本当に沢山の絵の具やら色エンピツやら、『昔粘土で作ったムーミンとかぼのぼのとかゴン太』だとか、『木彫りのオコジョ』だとか、クリエイト魂の感じられるものが沢山出てきました。
                イラストレーターとかネ申レベルなのは知っていたんですが、実際部屋の何処を見てもクリエイトする道具がどこかしこにある、と言うのは何だかすごく感慨深いもので、そういう人が、あたしが社会や人間を全て嫌っていた頃から気にしていてくれてたって事実を、もっと自分のバイタリティに変えなきゃなって思いました。

                即に社会に既存するものを受け入れ、需要する、と事に慣れすぎると、恐らく精神的な意味でその人は死んでいるのではないかと言うのが私の考えです。
                思うに、視野や技術が豊富で、人格や感情が豊かで、社会のこと、自分のこと、ひとつひとつを真面目に考える人ほど『需要』より『供給(クリエイト)』する意思が強いような気がします。
                プロとかアマチュアとかじゃなく、ここで言うクリエイトとは『本人の思考の欠片』の事です。その時思ったひとつの人間の想い、と言うものも立派なクリエイトです。

                ただ、やはりクリエイトは『自己主張』になりがちで、アーティストに歪んだ人間が多いのも事実です。
                だから現状私個人は、供給と需要を落ち着きなくフラフラするような生き方を選んでいます。
                おそらく先生もそうでしょう。

                朝帰ったので仮眠程度でしたが、東京に戻る朝、初めてぐっすり寝ました。
                (それまで毎晩、見える筈の無い人をベッドや洗面所や台所で見てしまっており、非常に睡眠不足でした。)


                先生が居るなら、また北海道帰ってもいいな。


                なんて、全然思いません。
                航空券に5万も払いたくないわ!!!!


                でも、私生活において、ふとした時の『北海道は辛いことしか無いから嫌いだ』なんて言う想いや発言は、おそらく飛躍的に減るんじゃないかと思います。
                本当に、有難うございます。


                東京帰還後、先生から『男の部屋に上がる 危険度50 ベッドに上がる 危険度70 勝手に布団で寝る 危険度90 俺以外の前ではやるな!』みたいなメールを貰いました(・∀・)前も泊まった訳だがって言うかまぁそんな男らしい事言う前に首回りの肉どうにかしろよって言うね

                今考えると、男女関係だの、そんなアホな事なんか気にしてる余裕のない位しんどい思春期でした。

                そんなメールを貰うほど、今の自分の人生にゆとりがある事を、全ての知人に感謝せねばなりません。


                追記:
                過度な感受性は人間を殺すと言うのも私の考え。
                ひとりの人間に異常に感謝している今の自分、愛らしいですが、元々やけに高い感受性メーターをこれ以上振り切るとヤヴァイような気もします。
                常に客観的、常にある程度冷静沈着でなければね。
                先生には昨日、お世話になったお礼にゴミ(言葉のアヤではなく、本当にゴミ)を送っておきました。嫌がらせにコミケで貰った美少女アニメの紙袋に入れて発送しました。

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                身上話
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                  今年も変わらず、今日は世界で一番大事な人の命日でした。

                  と言う事で、もう二度と帰るまいと思っていた実家にどうしても帰らねばならず、1週間北海道におりました。

                  明日には東京へ戻ります。

                  以下余談。


                  私の実家には、どの部屋にも沢山の大きい窓があります。
                  天気の悪い日でも、北西向きの部屋でも、何時でも本当に沢山の陽の光が入ります。

                  幼少の頃、自分の自宅だけ沢山窓やベランダがあった事がプライベートの切り売りのようでとても嫌だったのですが、今思えば、家じゅうが光いっぱいに、常に家族が陽に照らされるように。

                  そのような漠然とした愛情のひとつの形が、この家の窓の多さなのではないか、と帰省した1週間、何をするでもなく、ただひたすらぼーっとしながら思いました。

                  夜間カーテンを閉じなければ、街路灯と、街路灯の光が雪で照り返される光量だけで、どの部屋もそこそこ明るく、どうせ何をするでもないので、部屋の電気もつけずに1週間ずっと自分の部屋で、深夜から朝まで窓際で考え事をしてばかり居ました。


                  そんなに窓を一杯作ったって、そんなに家中に光を呼び込んだって、

                  あたしの実家には普段、一日中誰も居ません。


                  なんだか、単にそれだけの事が物凄いそれが悔しくて、この家に窓が沢山あるって言う事実を一生懸命記憶しておこうと思って、毎日朝まで窓の外だけを見続けていました。


                  それ程遠くない将来、どんどんこの家の事、この家に住んでいた人達の事が忘れられて行って、庭の花や木の手入れをしてくれる人が居なくなってしまったら、あたしが自分で家を始末しなきゃならない。

                  自分で家中の物をダンボールに詰めて捨てるなり、どっかの業者に頼んでクレーン車だか何だかで家を片っぱしから潰すなりする。

                  今は何処にあるか解らないけど、将来家中の物を捨てなきゃならない、となった時に、父が買ってくれた、きったねぇ字であたしの名前が書かれたサッカーボールとかテニスのラケットとか、母が作ってくれたボロボロのスクールバッグとか、そういうのが色々出てくるんだろうな。

                  やっぱクレーン車で家潰す時って、脇であたしが現場見学してんのかなとか。
                  その時、やっぱあたしの事だから至って平静に料金払ったり、業者の人にお茶出すのかなとか。
                  自宅を潰してる最中に茶なんか出せないなとか。


                  漠然とそう思いながら、朝まで毎日泣きました。


                  あたしが東京に出てきたのは、何かやりたかったからではなく、単純に家を出たかったからだ。

                  要するに1人腰まくって逃げてきた訳で、だけどその時即に我が家は着実に崩壊に向かっていたし、あのタイミングで逃げなければ自分は絶対に死んでいたと思う。
                  今になって思うと、結局のところ、自分1人だけ死ななかった、それが何だと言うのか。
                  その選択が最良策だったのか、そもそも最良策の主語をあの時誰に取るべきだったのか。

                  などと言うウチの家庭の話は、「自分変わってるんです、人とは違うんです」と言うアイデンティティー主張と受け取られて自分の株を下げるだけであり、話してお涙頂戴するには詰まらない話過ぎて、数少ない人に断片的に知れてるにしろ、基本的には自分の心の中に普段乱雑に放っておいてある。

                  日常、そんな事で泣いてる暇なんかない。
                  色々思い出す度に、漠然と「暫く何処か、静かで、暖かいとこで休みたい」と思うけど、そんな都合のいいとこあったら、絶対そこから出て来なくなる。
                  つか多分そこ生きてる人間いないっしょ?って言う。

                  そもそも、本当に逼迫してる奴はホームページでブログとか書かない。
                  芸能人でもないのに馬鹿写真撮って自分の顔インターネットで流せちゃうようなレベルの知能程度や危険察知程度の人間の悲鳴は基本的に取るに足らず。

                  なんて言いながら、あたしはまた東京に戻って、何時も通り、今後もひねくれつつ、平静に、余裕綽々に暮らしてくんだろうな。
                  この日記も、後から見たら「何書いてんだ俺の馬鹿」って思うだろうな。

                  それでも、昔も、今も、黙って現実を受け入れて戦って、1人の居ないとこで泣いて、歯を食いしばりすぎて血の味がする。

                  いつか、実家の何処かから、サッカーボールやスクールバッグが出て来た時もやっぱ血の味がすんだろうな。

                  くだらない話。

                  くだらない本が本棚に残ってたんで、破って、ウチの庭に捨ててきた。

                  | SION | イデオローグ | - | - | - | - |
                  「ことば」について
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                    ↑ハロウィン用の写真撮ったのに更新間に合わなかった…(´・ω・`)

                    「(真面目なベクトルの)文章が読みたい」と言う意見が良く来るんですが、最近、多少なりとも頭の引き出しに入れられそうな内容の事を書いてなくて非常に申し訳ないです。
                    率直な所、『体裁の良い格好いい事、感動するようなファンダメンタルな文章』よりも、相反して『ゴタクを並べた社会風刺や他者の批評、誹謗中傷の文章』よりも、私が普段良く喋ったり、書いたりするような『どっちにも付かないような何が言いたいんだか全然良く解らない曖昧な、だがまぁ自身の目線ではなく一般的・社会的な観点からものをリアリスティックに言ってるだけのムカつく散乱文章』が、恐らく一番面倒なんじゃないかと思う訳です。
                    他の表現方法は試した事ないので主観的判断でごめんくださいですけど。

                    趣味で長時間パソコンにへばり付くと言ったニートっ気たっぷりな事をして日記を書いた所で、結果として残す文章が別に「自己主張」じゃないので、そういう事は動物として人間を捉えた時にかなり率直に面倒臭いんじゃないかと言う事です。
                    文章や絵画や音楽等の芸術は特筆立って、また、日々の行動や思考も時として、基本的には『自分を理解されたいという気持ち』『自分と言う人間(キャラクター)を社会に受け入れられたいと言う気持ち』などの、簡潔でプリミティブな欲求(≠思考)が動機となっている事が多いと思うんです。欲求は往々にして思考よりも強いですしね。

                    しかし、私と言う人間をここで表現する事は全然考えていないので「自分の言いたい事や気持ち」を書いている訳ではないと言う。
                    つまり欲求に支えられて獰猛・盲目的に物を書くのは出来ないタチでして、しかもオプティミスティックではなくペシミスティックな欲求の方が自己表現する場合強い力を発揮する事が多いと思いますが、とりあえずペシミスティックな気持ちだとか日々や社会に対しての不満だとかも全然無い訳で、さらに、さらに、自分が文章表現に向いていないと思う訳です。

                    と言いましても、思想家は社会的・精神的な強い弾圧から生まれるものですんで、オブセッションの記すまま文章をゴリゴリ書くのは悪くない。いや、時として良い。むしろ、極端に自己表現がない死んだような人間より全然良い。

                    …と言う感じで、必ずひとつの話題に対していちいち表裏に触れて置くので、結局お前はどっちなんだ、お前はどっち派なんだ、お前この前逆の意見言ってたぞ、矛盾してるぞ、と言われたりしますが、別にどっちでもないです。
                    「表か裏かハッキリ分かれている事」なんてこの世に一切ないんで。TPOだとか、てにおはだとか、SやVの位置で変わってくるのが当たり前だしね。

                    「言葉」と言うのは、互いに互いを理解し合おう、ないしは例え1%でもお互いに対して関心があって初めて成立するものなので、むやみやたらに自己表現(=一方通行=一元的)な事に使うのは無礼だなぁとも日々思う。

                    「互いに互いを理解しあうこころ」と言うのは、日常結構ある事だと思うが、「自分の利益や精神の安定の為ではなく、互いに理解し合おうとするこころ」と言うのは正直希少なものであると思う。
                    だからこそ私にとって言葉は自己表現と言う押し付けがましい存在でありたくないし、ある程度のサンクチュアリとして私の中で扱いたい。

                    あ、そうそう、あと私がやたら随所でオナニーがどうこうとか言うので、「狭霧さんはオナニーが嫌いなんですね」と言った事も言われますが、オナニーより一方的な自己表現の方がもっと嫌いですよ。

                    で、話の流れが「言葉」らしきものになってきましたので、これに最近の生活を交えた話に進んで行こうかと思います。

                    6月〜9月の間、要するに就職して多忙だった時期の3ヶ月、私は「言葉」と言うものを一切発しなかった気がします。
                    勿論日がな一日喋っては居たのですが、「言葉」を解る気の無い人には、それに一元的な欲求での自己表現をしている人には、こっちがどうしようが伝わらないもんだし、私の口から出ている言葉はただの応答であり、自分のスタンスで言う「言葉」と言うものでは無かった気がします。
                    ちょっと書き方に自暴自棄的なセンテンスが入ったので修正しますが、別に職場環境が悪くてやさぐれていたとか、自分が会社に合わなくてヤキモキしてた訳ではないです。
                    まぁ、職場環境は良いか悪いかの二択で言えば、他者の意見も聞くに、限りなく悪かったですし、自分のような人間が社会を回す歯車になれる訳がないので、自分と会社がシンクロしてたかと言うと、全くしてなかったと思いますが(笑)。
                    日々困り事や支障や愚痴があるとか言うのは、往々にして単純に自分の行いの結果から来るものである事が多いので、それらを自分から述べてしまうのは単純な恥さらしですし、自分でどうにかせいと言う話なので。

                    目の前にある物の在り方についてケチをつけるのは「すっぱいブドウ」なので絶対しないですが、言うなれば居た会社と「お互いの"言葉"の在り方」が大幅に違ったから辞めた、と言うのが理由でもあるのかなと今考えると思う。

                    ちなみに今でも、その会社の上司から「本当に俺のセクハラが原因で会社を辞めたんですか?毎日悔やんでいます、お願いします、何かメールを返してください」とたまに連絡が来るんですが、明らかにお前その事で職場追われてるだろう、私のメールが多少なりとも好感触で返ってくればどうにかなるかもって考えてるだろうって言う。そういう言葉だと腹が見えて協力出来かねんよ。『言葉』の使い方が下手だな。
                    っつか、一日中人の携帯鳴らしまくってセックスの経験人数まで詮索しておいて、「本当に俺のセクハラが原因か」って何だ?

                    言葉はTPOに合わせて表現されるものなので仕方ないですが、会社を辞める時、女性の上司に「セクハラなんて良くある事よ、そういうのを上手くかわして生きていけるように成長していかないと」とも言われましたが、それも正解であり、また「セクハラを上手くかわして会社でやっていかねばならない」のは、ただ単純に銭を稼いでメシを食うなり、再就職が困難だとか面倒だとか、会社が好きだとか何だと言った『セクハラを我慢しつつもそこに居なければいけない理由』がある訳で、私はその際に(もう会社辞めるって決めてるし、ぶっきらぼうに)「いや、セクハラをかわして場に留まらなければいけないデメリットを越えるメリットは"私の場合"ないので」と返答し、「うちの会社を馬鹿にしてるのか」的な表情をされましたが、馬鹿にしちゃおらん。3K労働だからって敏感になるなよ、誇りを持てよ。3K労働でいいじゃない。僕はそういうの大好き。
                    セクハラのような低レベルな事を受けるのは、当人である私がそれ相応に低レベルだからですし。物事の原因ってのはふつー当人に少なからずあるんだってば。

                    と、今の話は横道に逸れましたが、「"言葉"を自己表現方法(一元的)として使う」人が多いコミュニティでは、私は協調性が無いんで生きていけませんでした。
                    何故大昔、人間は言葉を生み出したんですか?言葉は一元的な自己表現の為ではなく、双方向性を持ちお互いを理解するためにツールとして出来たんだぜ?とか言うとプギャーって感じですが、会社の人は、皆道に迷った幼い子供のような言葉を日々発していました。ある面ではとても良い人達であり、知識人であり、努力家であり、社会の歯車であり、見習う事も勿論多かったです。

                    全部の言葉を収束すると、

                     崙々の不満」。日々が上手く行かないのは自分の所為8割と運が2割位だと思うぜ。
                    ◆峅饉劼凌祐屬龍鮹圈廖B仗優灰潺絅縫院璽轡腑鵑箸靴董△互いが歩み寄れないような性格である場合、共通の敵を作って自分よりもソサエティから離れた人間をでっち上げるのが一番良作ではあるけどね。
                    「いかに自分がすごい人間か、スキルがあるか、こんなクソみたいな会社に本来留まってるべきの人間ではないかと言った結論に集積される自己主張の類」。いかに自分が凄いかを直接的に言ってる訳じゃないけど、オブラートに包んで伝えようとしてるその凄さがまず全然すごくなくて脱帽。1人で海外良く行って社会見聞してるとか(普通だ。)、前は学校の教師だったのにとか(人を教育すると言う責任の重い遣り甲斐のある職業であり、別の言い方をすれば、主にインテリ落ちの就職先。自分自身にイコン性やカリスマ性が無くて他から拝借しないと自我が成り立たないイメージとか、表現の仕方は色々ある。得てして教師自体普通だし、凄いか凄くないかは教師自体ではなくその人自身だ。

                    本当に、その3つ以外の他者の「言葉」は一切聞かなかった。
                    今目の前にあるメシの話だの、思考ではないものはあるけどね。

                    最初は「わ〜、本当に愚痴をこぼす人とか、人の悪口を言う人って居るんだ!ネット以外では初めて見た!すげ〜」と斬新だったのですが、入社3週間で飽きた。

                    3週間目、「なんであなた達は、愚痴や文句ばっかり言ってるんですか?」と聞いたら、「こいつは何を言ってるんだ!?」みたいな顔で「嫌なら入って来なけりゃいいじゃん」と言われた。入ってくるも何も、一回もそういう会話には入って来てないから。
                    その際、私はムカついて傍にあった会社の備品をぶち壊しました。(物に当たるのは良くない。会社の備品には関係ない。低レベルの人間がやる事だ)

                    私はアホですので、1ヶ月半位経った頃、会社や同僚の文句を述べている相手に対し、「毎日そういう事言ってるけど、場には場相応のレベルの人間がおのずと集まるものだから、あなたもそういうレベルに過ぎないんじゃないの?」、自分の凄さを述べたいらしい相手に「ふ〜ん、それ普通だね」と言ったら、そろそろこう、ああ、嫌われてきたかなって言う(笑)。
                    相手の人々も大人なので、邪険にしたり避けたりしないし対応は普通もしくは良好なんだけどね。影で何を言われてるやら。しかし、場を崩してしまう私より、平和主義な対応はとてもとても大人だ。偉い。「場を崩して自分が嫌な思いをするのが嫌」なんだろうなって言う見方もあるが。
                    この日記を読んでる方々にコイツ協調性無いな、と思われるかもしれないですが、単純な自己保全の為の協調性はうんこであったり、協調性発揮して会社に留まっていなくても十分好きな事やって生きていけたり、本当に私が協調性が無くて馬鹿であったり、色々。

                    結論。『オープニングスタッフ』で入社すると、社内全員が同僚になり、上司部下がほとんど場に居ないせいで、気が緩んで精神レベルが引き下がるらしいので要注意。

                    う〜ん、実は「会社に居た頃の話を聞きたい」と言うメールが何通か来ていたので、後半無理矢理に会社の話に振ってみましたが、つまんない話になりました。スイマセン。

                    正直過去の事はどうでもいいんだよね。
                    経験は残るし、身にはなってるし、良い事もあったし、そういうのをひっくるめて、物事あまり気にしないんですよね。
                    過去の事以外も結構どうでもいいんですよね。
                    だいたい世の中の事はどうでもいいです。

                    オマケに、「どうでもいいです」が私に多い理由。

                    対した事じゃないんでどうでもいいッスよ。=押し付けるつもりはない=一元的な自己主張で、今あなたに『言葉』を発してる訳ではないです。
                    と言う、遠まわしな配慮。

                    ちなみに自分、信頼している人に対しても、相手が(ある程度真面目な話を)喋り終った後に、冗談で「おめーの話スゲーどうでもいい事ばっかりな」とか言います。相手も必ず「うん、俺の話はどうでもいい話ばっかりだよ」的なレスポンスを返します。
                    つくづく、自分がガテン系ソサエティの人間だなぁと思う。居心地いいけど。

                    | SION | イデオローグ | - | - | - | - |
                    二〇〇六・六 近況 弐 先に述べた"今後何をしようかな"について
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                      「嫌な出来事」って言うのはある程度自分のモチベーションで回避できる。
                      それを前提として語る話です。

                      前の日記で述べたように、最近「ちょっと余裕しゃくしゃく」になっている私が居ります。そうすると人間悲しいかな、無意識的に力が抜ける(モチベーションが下がる)訳で、「嫌な出来事を自分のモチベーションや第六感で回避できない」ケースが多少増えるわけです。
                      ポジティブ人間かネガティブ人間かでこの辺は人それぞれだと思いますが。余裕しゃくしゃくな生活ではなく切羽詰ってる方が、不安で押しつぶされちゃって良い結果が出なくなる人も居ろう。ついでに私はハッタリ人間でもありますので。

                      最近、特に困るなぁって思っているのはグノーシス主義のコミュニケーションに自分の対処が追いつかないなぁって言うこと。
                      モデルやレイヤーと、ファンやカメラマンさんの双方での立場の違いとか、ホームページを運営してる側と、見ている側で解釈が違うことに対する対処とかが追いつかない。
                      なのでサイトを引越ししてアクセス数を減らしたのですよ。起因の絶対数を減らすと言う直接的理由により。

                      本当に細かいことなのですけど、例えば今、私自己紹介ページに「Dir en greyやヴィドールのプロパガンダは好きだけれど、歌詞は苦手」と書いてあるんですが、「あなたは嫌いだそうですが、私はDir en greyは好きです」と言うメールをけっこう良く頂きます。勿論、善意のメールに添えられた世間話としてですが。

                      しかし私はDir en greyが嫌いだと言ってるつもりはないです(´・ω・`)
                      「好きではない」=「嫌い」ではないですし、メンヘル系コンセプトを持つコンテンツを安易に好きだと述べると悪いメンヘラーさんに付きまとわれたりして困ることもあるんで一応書いてある文章なんですよね…。
                      個人的には、酒鬼薔薇とか宮崎勤とかを扱う歌詞(←これはヴィドール)とか"(・∀・)イイ!"とか第三者が見てる場で言いたくないし…。
                      ヤヴァイ物に惚れ込む年でもないですし、どこでどう影響するか解らないし。ちなみに私、モデルやる前に持ってたホームページで高校留年ライフを日記で気軽に書いていたら、影響受けたらしく高校辞めたビジッターさんが何人か居てビクーリしますた。こういう事書いたらまた「自分がすごいと思って、特別だと思って!」とか言われんのかね…。

                      あと、私が意図的に厳しい言い方とか、突き放した言い方で物を喋ってる理由が受け手さんに伝わってないんだなぁと無力感を感じております。

                      基本的に、私は「やさしい人」「笑顔の人」「個より全の人」よりも、「厳しい人」「喜怒哀楽がハッキリしてて、時には怒り悲しむ人」「全より個の人」が好きです。口が悪い人も、人に冷たい人とかも、好き。

                      理由は「後者の方が分が悪い生き方」だからです。
                      「後者の方が分が悪い生き方なのに、何故そちらを選択しているか」を考えれば明白なことで、後者のスタンスと言うのは平坦で、円満な生活を送る場合は 「やらない方がマシ」なことだ。
                      自分の得にならない生き方で、非常にリスクがある。
                      そういう事を敢えてやるのだから、前者に属する人より利己主義な人間のパーセンテージが圧倒的に少ないし、リスクをしょってそういう態度でかかってきてくれていると言う事は、その分不可視的に信頼関係があるわけよ。
                      いつも優しくて笑顔の人は、トラブルか何かあったらすぐ逃げちゃったりする事も多いはず。トラブルの渦中に居ちゃ笑顔でいられなくなるからね。

                      勿論、社会にはそんな理由からではなく、単に自分の事ばかり考えてて、自分が納得行かなかったら機嫌悪くなって、それを表に出すと言う猿のような人も沢山居られるかもしれませんので、その辺見極めと自己の再確認が必要ではありますわな。

                      何だかんだ言って、私の喋る内容が好きと言って下さる方々が沢山居るので(嫌いな人は基本来ないし声かけてこないだろうしで)、今後謙虚にしようとは正直全然思っとらんですが。

                      ただ最近「あ、まずかったかな」と思ったのは、「水商売の人を差別するような発言はどうかと思います。人にはそれぞれ事情があるし、プライドを持ってやっている人や、家族の為にやっている人も居るんです」と言うメールを貰った事です…。

                      私のホームページで「水商売マンセー、エロいのマンセー」なんて言ったら、私も周囲もかなり弊害があると思うし、私の発言はプライドと理由を持って水商売やっている方々に当てられたものではないのですね。
                      特にここずっと水商売やアダルトコンテンツに社会的容認の目が向いていてですね、その上にコスプレ業界はアダルトの定義を曖昧にして、美化して、イデオローグ化しているせいでコンビニみたいな気軽感すらある世界な訳で。
                      それを踏まえると、私は自分の居る場所と自分の行い柄、アダルトや水商売を「コンビニ化」するとか「有意味化する」立場は絶対に取れない訳です。

                      女の子って、ちょっと頭がいいと「水商売とかダーティな事やっちゃうアテクシカッコいい!エロいのとかは一人前のオトナアテクシカッコイイ!」とか言う方向行っちゃうし。自分でそのつもりはないかもしれないけれど、アダルト業界で仕事している人達や、キャバで働いてる子って絶対自分から、誰も聞いてもいないタイミングで自分がアダルト・水商売で働いてるとか勝手にカムアウトする傾向にあるのは、少しは悲劇のヒロインや汚れた自我に陶酔してる傾向があるからです。(←友人知人さんは"私のことですか!"って言わないでね…そんなつもりないから)
                      後で恥ずかしいからやめといた方がいいと思う。発言の裏が見えて薄っぺらいから。
                      水商売やってる子は両親が離婚暦あったり、片親だったり、カテゴライズも容易だし。

                      そういう訳で、「アダルト・水商売は立派な仕事だ!有意味なものだ!」って言われたら、「んなわけねーだろ」と返事をする立場でありたい。「そうですね、職業に垣根はございません」とか言うよりよっぽど善意的だと個人的には思います。
                      相手の未来のためにも。

                      そして今後、プライドと理由を持っている水商売の方に出会う機会があればいいとも思っておるよ。
                      と、それだけ述べさせてください。また私に悪いことがあれば言って下さい。
                      何か冷たい事を言っていたら、多分パフォーマンスですし、何か意図があってのことですので…。

                      で、話は変わりますが、自分で自分が言ってる事が矛盾しとるやんと最近気づいたのが、「経験してみてから物を言え」って普段から自分で言ってるのに、「俺、歌嫌いなんだよね」「歌は歌わない」とか言ってること。
                      若者が思春期に一番とっつくメジャーどころですし、偏屈野郎な私としては俄然回避するとこなんですが、まぁ単に自分が歌が下手だから嫌いって言ってるのが最大の原因と認めざるを得ないでしょう。私が鼻歌を歌うと、みなが携帯を引っつかみますからね。いや、今の音は君の携帯のバイブレーションではなく、俺の鼻歌だって言う。

                      ってことで、歌、うたいたーい(・∀・)!!
                      べんきょーしたーい(・∀・)!!

                      今までとまるっきり逆の事を言ってて本当に申し訳ない。
                      悪気はなかった 今は反省している。

                      今までつらつら述べてきた事と相成って、自分が深夜にテンションあがってオーバーヒートしながらピアノで木を演奏している時に、「誰か俺のピアノを聞け」とかすげー思う。どうせ褒められるならビジュアルじゃなくスキルがいいよね。
                      ちなみに、今言った「ピアノで"木"を演奏しているうちに」の"木"って言うのは、ホルストの「木星(ジュピター)」を私なりに簡略化した呼び名です。「もく」ではなく「き」と読みます。

                      幼少期に音楽が辛かったのは、「聞いて欲しい人たち」が居なかったからなのではないかと。まぁなんだかんだでこの先ビジュアルは崩れる一方でしょうし(苦)

                      で、話が変わって、普段あまりにやる気なく生きている上、モデルげなとこやコスプレげなとこでは「この人怖い」と思われないように頭の程度をかなり下げて生活しているので、「結局、大学行っても就職出来なかったんでしょ?スフフフ…社会は甘くないんだよ…特にあんたみたいな性格じゃね…スフフフ…学生時代とは違うのだよ、学生時代とは…スフフフ…」などと、最近めでたいことに、年下に年上風を吹かす事で自己を保っている方々のターゲットとしてロックオソされてきました。

                      仕事しなくても生きていける環境を始め、努力ではなく、生まれ持った才能や環境も当人のポテンシャルだと個人的には思っているのと、一応将来の財政的保障と見通しはある程度立っているので今私はニートをやっているのと、正社員やらアルバイトやらニートやらのヒエラルキーも気にしないタチなので、就職活動全然しなかったのですが、まぁじゃあやってみないと分からないから就職活動ってのをやってみようかと。
                      今モデル活動の方も平坦になっちゃって得る物が少なくなってきてるし、別の事もやってみたいと思いまして。
                      丁度、やりたい仕事もひとつだけあったんですよ。身バレしたくないので職業はおおっぴらにしませんが。

                      で、社会は甘くないらしいので髪の毛黒色に戻して、履歴書たくさん事前に書いておいて、証明写真も無駄に焼き回ししてきましたが、就職活動1件目で無事正社員で内定しましたよと。写真代と履歴書書いた手間返せよと。

                      自分がやりたかった職業で、家から超近いので結果オーライです。
                      きっと次に来る年上風は「仕事は、続けることが大事なんだよ…内定することが重要なのではないんだよ…スフフフ…」とみた。

                      就職したよとか日記で書くと、あからさまに「ヤター就職デキタヨー!」オーラ満載で、就職出来なさそうな人の売り文句っぽいので、こんなこといちいち報告するか報告すまいか小一時間悩みましたが、恐らく今後は写真の更新とか、撮影会やら何やらに出るだか、ほとんど無くなっちゃうでしょうし、webが閑古鳥になって「もう活動やる気ないんだな」と思われたくないので言っておくことにした。
                      基本的に土日勤務ある仕事だしね。でも有給はオンライン活動に使うつもりです(*゚∀゚)
                      最近口すっぱくお伝えしているように、日記だけしかオンタイムに更新出来なさそうなんで、昔よりマメに書くようにすると宣言しているのでした。web更新用の写真ストックはまだいっぱいあるけど…
                      なので、先日の日記で「7月2日もレアな機会になっちゃうので、来てくれるとうれしげ」って微妙に宣伝宣伝してるわけですな。

                      で、これら2つの話が統合されますが、「何かやりたいなと思っても、ニート辞めたら基本的に夜しかスケジュール空かないJAN」って事は、撮影とか真昼間のものは一切駄目になってしまう訳で、尚更じゃあ音楽やろうと。ライブとかなら夜だろと。安易だぞ、と。
                      仕事帰りに駅前でライブとか!(って言うか電車通勤じゃねえ)

                      って事で真面目に誰か音楽やらせてください。誰か一緒にやってください。お願いします。本気で。CDデビューしたらニートに戻ろう。目標は高い方がいい。って言うか高くかつ微妙に低いな。主語がニートだよ結局。

                      あと一応言っておきますと、自分の格を下げたいが為にニートニート言ってるだけで、あたし別に実家暮らしとか、両親と同居とかじゃないですので、ご心配メールやアドバイスメールは基本的に不要です。

                      って言うかババア本当話なげーよ。

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